「お・も・て・な・し」考
2013年4月に、経済学研究科長・経済学部長に就任した石川です。このコラムでは、自分の経験などに基づいて、グローバル化に関するメッセージを随時発信していきたいと思います。
8月末から9月初めにかけて、ポルトガルのエヴォラで開かれた学会に参加し、その後オックスフォード大学を訪れた。
エヴォラは、首都リスボンの東130Kmに位置する。旧市街は世界遺産に登録され、歴史を感じる町である。1584年に日本の天正遣欧少年使節が訪れて大聖堂でパイプオルガンを弾いたことでも知られる。会場のエヴォラ大学は、1559年開校の神学校を起源とし、今も各教室には祭壇が残り、壁はタイルで装飾されている。ポルトガルを訪れたのは初めてだったが、見所は多く、ワインや食事は安くておいしい。是非また訪れてみたい国だ。また、オックスフォード大学では、皇太子も留学されていたマートン・コレッジ所属の教授を訪問した。コレッジでは、美しい庭園、歴史的趣あふれる教授用の読書室やダイニングホールなどを案内してもらい、感動した。
「おもてなし」vs「郷に入っては郷に従え」
9月7日にブエノスアイレスで開かれたIOC総会の席上、滝川クリステルさんがオリンピック東京招致委員会最終プレゼンテーションの中で用いた「おもてなし」が流行語となっている。この言葉は、我々日本人が日本を訪れる外国人に気配りし、大切にお迎えするという意味で使われた。
滝川さんのスピーチを聞いて、私は出張中の2つの出来事を思い出した。1つは、リスボンの中長距離バスターミナルでの出来事である。手荷物一時預かりで、荷物を預かって欲しいと英語で言ったのだが、返ってきたのはポルトガル語。何を言っているのか全く分からない。そこで、同じ文章をゆっくり繰り返してみたが、やはりポルトガル語でしか返ってこない。困ったなと思っていると、相手が突然英語で話し始めた。「おまえの言っていることは全て分かっている。だけど、ここは英語圏ではないのだから、全ての人が英語を話すと期待すべきではない。ポルトガル語を使うべきだし、もし英語を使うなら、まず相手が英語を話すかどうか確認すべきだろう。それが礼儀というものだ。」
彼の言っていることも分からないではないが、どうも釈然としなかった。もし町中で見知らぬポルトガル人に道を聞くのであれば、彼の言うようにまず「あなたは英語を話しますか」という問いかけから始めたであろう。しかし、そこは首都の中長距離バスターミナルで、外国人も多く利用する。案内や切符売り場の人達は、流ちょうに英語を話していた。そのような場所で働く人の採用条件には、英語の能力がきっと入っているはずだ。そして、彼は英語が話せることで、そこに職を得、そしてその分高い給料を得ているはずだ(このように考えてしまうのは、経済学者の性なのかもしれない!)。彼は、「郷に入っては郷に従え」と言いたいのだろう。しかし、彼のような立場の人なら、もう少し「おもてなし」の精神を発揮してもよいのではないか。
もう1つの出来事は、オックスフォード大学で知り合いの教授を訪れたときのことである。彼は、世界的に著名な経済学者なのだが、偉ぶるようなところは全くなく、大変フランクかつ親切である。研究に関する話の後、彼は構内を案内してくれて、さらに「変哲のない食事だけど、よかったら夕食を食べていかないか」と自宅に招待してくれた。彼と私は一緒に自宅に向かったので、夕食は奥様が準備していると思っていた。ところが、自宅に着くと、これから夫婦で夕食を作ると言う。奥様も大学教授で忙しいので、普段から料理は2人の共同作業だそうだ。私は驚いたが、キッチンに座り、彼らの手際よい作業を見ながら、高校生の娘さんたちとおしゃべりを楽しんだ。しばらくすると料理ができあがった。食事自体は質素だが、驚いたことに(?)大変おいしくて、食事中も会話が弾んだ。思いがけず世界的に著名な教授家族から手料理の「おもてなし」を受け、大変暖かい気持ちになった。
「おもてなし」と「思いやり」
場合にもよるだろうが、日本人は過度な「おもてなし」をしてしまう傾向があるように感じる。ある著名な研究者が日本を訪れたときに、毎夜の饗宴、外出時のフルアテンドなど、まるで王様のような扱いだったと大変満足げに話していたが、あながち大げさではない。他方、日本人の過度な「おもてなし」に戸惑ったと言う研究者もいる。過剰な接待のため、独りでゆっくり日本を堪能する時間がなかったそうだ。
同じ待遇を受けてもそれを「おもてなし」と感じるかそうでないかは人それぞれで、要はその人が何を望んでいるかによって違うのだ。また、前述のバスターミナルでの「郷に入っては郷に従え」はちょっと残念だが、場面によっては、その土地のやり方で迎えることが、この上ない「おもてなし」になることもあるだろう。「おもてなし」と「思いやり」は表裏一体。「おもてなし」は、実はなかなかに難しく一筋縄ではいかない。7年後のオリンピックに向けて、自分ならどんな「おもてなし」が心地良いか、まずは各々考えてみることから始めてはどうだろうか。
2014年1月 経済学部長・経済学研究科長(2013年度~) 石川 城太
出典 : 月刊金融ジャーナル 2013年12月号